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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和31年(ネ)77号 判決

第七七号控訴人(原告) 東義雄 外一名

第五五号被控訴人(原告) 西田幸吉

第五五号控訴人・第七七号被控訴人(被告) 北陸鉄道株式会社

主文

第一審被告の控訴により原判決中第一審被告の敗訴の部分を取消す。

第一審原告西田常吉の請求(但し後記当審での請求の趣旨拡張の申立部分を除く)を棄却する。

第一審原告東義雄、同大垣倬一の本件各控訴を棄却する。

第一審原告西田常吉の当審での「第一審被告は同第一審原告に対し金七十六万二千四百五十円を支払え」との請求の趣旨拡張の申立(前記金額中より金三十九万千百七十円を超える部分が拡張部分)を却下する。

訴訟費用中昭和三一年(ネ)第五五号事件に関する部分は第一、二審とも第一審原告西田常吉の負担とし、昭和三一年(ネ)第七七号事件に関する部分の控訴費用は第一審原告、東義雄、同大垣倬一らの負担とする。

事実

(一)  昭和三一年(ネ)第七七号事件について

第一審原告(以下単に原告と略称する)東義雄、同大垣倬一訴訟代理人は

原判決中原告東義雄、同大垣倬一の敗訴の部分を取消す、

第一審被告(以下単に被告と略称する)が昭和二十五年十二月二日附で原告東義雄、同大垣倬一に対し為した解雇の意思表示は無効であることを確認する。

被告は原告東義雄に対し金八十二万四千五百五十円を、原告大垣倬一に対し金七十七万六千二百五十円を支払いせよ。(いずれも請求の趣旨を拡張した)

訴訟費用は第一、二審とも被告の負担とする、

旨の判決並びに金員給付の点について仮執行の宣言を求め、

被告訴訟代理人等は、

控訴棄却の判決を求め、

(二)  昭和三一年(ネ)第五五号事件について、

被告訴訟代理人等は、

原判決中被告敗訴の部分を取消す、

原告西田常吉の請求を棄却する、

訴訟費用は第一、二審とも原告西田常吉の負担とする、

との判決を求め、

原告西田常吉訴訟代理人は、

控訴棄却の判決を求め、

さらに、請求の趣旨拡張の申立として、

被告は原告西田常吉に対し金七十六万二千四百五十円を支払いせよ、

との判決を求め、

被告訴訟代理人等は、

右請求の趣旨拡張の申立は相立たない

との判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の陳述は、当事者双方において、次のとおり附加訂正したほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、こゝにこれを引用する。

一、原告ら訴訟代理人は、

(一) 原判決書四枚目表八行目から十一行目までの「原告らは被告会社に対し昭和二十六年一月分以後夫々右割合による賃金の支払を求めると同時に今後被告会社が原告らを就業せしめ、また労働条件につき従前の待遇を不利益に変更しないことを求めるものである」とあるを「原告らは被告会社に対し昭和二十六年一月分から昭和三十五年八月分まで、それぞれ右割合による賃金(原告東義雄については合計金八十二万四千五百五十円、原告大垣倬一については合計金七十七万六千二百五十円、原告西田常吉については合計金七十六万二千四百五十円)の支払を求めるものである。」と訂正する。

(二) 被告の主張する解雇理由について、

被告の主張する解雇理由と法的根拠は要約すれば、次のとおりである。

(1)  原告らは日本共産党員並びに同党北鉄細胞員である。

(2)  本件解雇は「人員整理実施要綱」に基き被告会社の企業防衛の見地から実施されたもので、原告らは細胞機関紙「レール」及び「細胞ニユース」等を編集頒布して事業運営を阻害した。(以下企業運営阻害の主張と略称する)

(3)  被告会社の私鉄企業から日本共産党員を排除することを命じた連合国最高司令官の指令と同司令部経済科学局エーミス労働課長の示唆に基くもので、右は憲法、労働組合法その他一切の国内法規、労働協約に優先する。(以下マ指令等の主張と略称する。)

というのである。そこで、以下その理由のないことを述べる。

(1)  日本共産党員並びに同党北鉄細胞員であるとの主張について、

右を理由とする解雇は原審で述べたように憲法第十四条、第十九条、第二十一条、労働基準法第三条及び、労働協約(昭和二十五年九月二十七日被告会社と北鉄労組間に締結された、以下同じ)第六条に違反し、民法第九十条に該当する無効のものである。

(2)  企業運営阻害の主張について、

その内容は合法政党である日本共産党に対する偏見と憎悪による中傷にすぎず、憲法の保障する思想及び良心の自由集会、結社表現の自由等の基本的人権の理解を欠いたものである。そのことは、「原告西田に日本共産党員で北鉄細胞員として積極的に活動していたから整理基準に該当する」と被告が主張していることに徴し明らかである。これは憲法第十四条、労働基準法第三条等に違反している。

原告らが日本共産党に加入し、その所属する細胞機関紙を執筆、出版することも、言論、出版の自由、集会、結社の自由の範囲内でこのような基本的人権を憲法第十二条、第十三条を根拠に公共の福祉のため制限することはできない。しかしこれらの基本的人権が無制限、絶対のものというのではない。自ら内在的制約が存することを否定するものではない。その制約は「明白にして現存する危険」の基準により個別に判定すべきものである。

思想の自由とはわれわれの同意する思想の自由ではなくして、われわれの憎悪する思想の自由を保障することである。集会、結社、表現の自由等が保障されてはじめて内心の自由が保障されるのである。

被告の主張する原告らの文書の発行頒布はすべて休憩時間若しくは就業時間外においてなされたものであり、その内容においても被告会社の事業の運営或いは政府の存立等に対し「明白にして現存する危険」を与えていない。右はいずれも憲法に保障された労働協約第八十六条によつて保障された政治活動として行つたものである。また浅野川大橋等の停留場問題、夜食手当請求問題についての言動はその一員である労働者階級の労働条件の改善(北鉄職場の労働条件の改善)を要求したもので、憲法第二十八条の労働基本権の行使として当然の言動である。原告らの言動は昭和二十五年度の北鉄労働組合の新運動方針として決定されたことに基いてなされたものである。従つて組合の正当な機関を通じない破壊的言動ということはできない。以下各原告らについて詳述する。

(イ) 原告大垣倬一について、

I 市内線停留場新設問題、

原告大垣の金沢市内浅野川大橋停留場の復活、春日町の新設及び乗車券車内売の実施問題についての言動はすべて、組合内の意見を組合側代表の一人として会社側代表との討議に参加して述べたものであり、そのような行動は市内線運営委員会規約(甲第十五号証の二)第一条第三条に明白なように会社、組合によつて昭和二十五年三月三十一日以降実施されていたもので、労使の経営協議会的な場における正当な言動である。

II 完全検車斗争問題、

完全検車斗争なるものは存在せず、従業員就業規則による処理をとらなかつたとのことは原告大垣の正当な職場委員としての組合活動を歪曲するために作りあげた虚構のものである。

III 市内電車の扉の開閉について、

当時従業員の間では扉を閉めることに反対する風潮があつたのではなく、被告会社が事故発生の原因をラツシユアワーの混雑を円滑に処理しきれない車輛の構造(当時は旧式ポール使用)や運転系統に求めないで、従業員の勤務内容の改善により解決できるとの考を有していたので、この見解に対し市内線職場では不満を抱いていたのを電車の扉を閉めることに反対したと誤つて判断したものである。

(ロ) 原告東義雄について、

I 「レール」第十二号問題、

当時の被告会社々長井村が独断で自動車工場の企業縮少を計画し、従業員に不当な職場転換を強制したことが、原告らの所属する北鉄労働組合において取り上げられ、労働条件に関する問題として検討し、今後の斗争方針を決定していた。「レール」第十二号は従業員の労働条件に関心を払いこれを取材したにすぎないものである。

II うしの日の夜食問題

北鉄労働組合の第三回臨時大会の職場斗争に関する方針に従つて、浅野川線職場の職場常会において、「うしの日」の夜食手当の要求が決議され、当時の職場委員原告東が代表として行動したものである。職場委員が職場の代表となるものであることは被告会社も認めていた。(甲第十五号証の二)なお本件については、昭和三十五年七月三十日の浅野川線職場運営委員会において被告会社と北鉄労働組合の職場代表との協議が整つたものである。

以上により、原告東の行動は正当な組合運動であることが明白である。

(ハ) 原告西田常吉について、

I 「レール」編集問題

原告西田が北鉄細胞の細胞員であり、「レール」に深い関心をもつていたとしても、編集に関与したということはできない。

仮りに原告西田が「レール」の編集に関与したとしても、それは憲法によつて保障されている権利の行使である。

II 細胞会議等の出席問題

細胞会議への出席が何等違法でないことは前叙により明らかである。また細胞会議で「北鉄の県営人民管理」の綱領を作成したとしても、たゞちに被告会社の企業を破壊するものとならないことも前叙により明らかである。

III 「アカハタ」「レール」等の持込み配付問題

そのことが被告の企業の破壊的行動にあたらないことはいうまでもないことである。

要するに、被告会社は原告西田が共産党員であるから解雇されたということを主張したいようであるが、それは憲法に違反すること明白である。

(3)  マ指令等の主張について、

被告会社の主張する連合国最高司令官の指令は本件解雇とは何等関係がなく、またエーミス労働課長の示唆はその法的性格が極めて不明確で、しいていえば、総司令部の政策のたぐいで労働協約の拘束を排除する原因となり得ない。

仮りに連合国最高司令官マツカーサー元帥の声明ないしは吉田総理大臣宛の書簡等が、被告会社のような民間会社からまで共産主義者及びその同調者を追放すべき指令であつたとしても、それらは次の理由により無効であつて、日本国民、政府機関を拘束し憲法及び国内諸法令等一切に優越する法規範の効力を有しない。

すなわち、

(イ) 日本国憲法は連合国の指導と承認の下に制定公布されたもので、日本国民の服従の義務のあることは勿論、連合国最高司令官といえども、これを無視することができないことは、ポツダム宣言、極東委員会の諸規定(日本労働組合に関する十六原則、対日基本政策その他)及び国際連合の世界人権宣言等の国際法規上明白である。

(ロ) 日本国憲法第九十七条に明定している如く、基本的人権は人種、性格、国、時代を問わず人間生来の固有する自然法的な権利である。

(ハ) 一九四五年に成立した国際連合憲章も八ケ所において、基本的人権の保障に言及している。

(ニ) 一九四五年七月二十六日のポツダム宣言も、その第十項で「言論、宗教及び思想の自由並びに基本的人権の尊重は確立せらるべし」と述べ、右は同宣言にいう「吾等の条件」の一であつて、同第五項はこの条件について、連合国として、日本国民に右条件の完全実施を誓約している。

以上により連合国最高司令官マツカーサー元帥の指令といえども、思想の自由、言論、集会、結社等の自由並びに個人平等の原則に牴触する部分は無効である。従つて「共産主義者またはその支持者」をその思想、結社、政治活動等を理由として差別待遇することを命じた指令は無効である。

(三)  原告らは原審で主張したように本件解雇は労働協約第六十九条に違反する無効のものであると主張する。

被告は本件解雇実施に当り組合に対し「人員整理実施要綱」を提示して協議の結果、原告らの解雇を承認した旨主張するので、この点について説示する。

三者てい談の「十九名は円満辞表提出、辞表は組合で責任を以つて取りまとめる」旨の協定を基本とする地方労働委員会の昭和二十五年十一月二十五日附調停案を同月三十日の第三十七回北鉄労働組合の臨時大会に付し、受諾が外形上成立した(投票総数一七三票、受諾九六票拒否七五票、白票、無効各一票)、これは自由に表明された組合の意思表示ではない。組合は解雇申入以来解雇に反対し、解雇基準の具体的な内容の明示を要求し、反対の態度を表明していた。(同年十月二十二日組合委員会において、反対六九票賛成なし、同月三十日組合大会において反対一六九票、賛成一票、同年十一月二十日組合大会においては反対一四七票、賛成一〇票)

ところが、右第三十七回大会において、日本私鉄労働組合総連合会の堀井副執行委員長が「今度の解雇は全面的、統一的に行われ、各組合は会社の通告を認めた。認めていないのは北鉄労働組合ほか一、二の組合だけであり、この解雇は占領軍当局の示唆によるものである。北鉄労働組合がこれに反対してストライキを行うことは占領軍に対する反抗とみられる可能性がある」旨言明し、解雇に反対して実力行使を行えば占領軍の命令違反として弾圧されることを示唆したために、解雇受諾の多数決が行われるに至つたものである。

従つて、右組合の決定は重大な瑕疵を有し、真実に組合の意思を表明していない。取消し得べき意思表示である。

そして、その意思決定は占領軍の存在を解除条件とするものであると解すべきである。従つて講和条約の発効により、右大会の決定は無効となり、その以前の解雇不承認の組合決定が、占領軍の圧力の下に押えられていたが、その障害が除去されたことにより、本来の効力を発生するに至つたものとみるべきである。

なお、前記第三十七回の組合大会で十九名の解雇を承認した決定の内容は十九名の解雇指名者のうち任意に辞表を提出するものだけの解雇を承認する趣旨である。解雇を指示されたものが、個人で解雇の不当を争うことを前記組合決定は容認しているものである。

従つて、仮りに前記組合大会の決定が有効であるとしても、それは解雇を指名された十九名のうち解雇を承認するものだけにつき予めこれを受諾したもので、原告らの解雇を承認したものではない。

さらに労働協約において解雇協議約款があるので、個々の労働者はもとより右約款の効果を主張できるし、右約款違反の解雇は単なる債務不履行にとゞまらず、無効である。

これは要するに、本件解雇は労働協約第六十九条に基く解雇基準が明示されず、同条の協議がなされなかつたものであるから無効である。

(四)  被告の後記主張事実中、原告らの従前の主張に反する部分はすべてこれを否認する。

と述べ、

二、被告訴訟代理人等は

(一) 原告ら訴訟代理人の前記一(二)、(三)の主張事実中被告の従来の主張に反する部分はすべてこれを否認する。

(二) 本件整理は原審において主張したように昭和二十五年五月三日以降屡次に亘つて発せられた日本共産党に関する連合国最高司令官の声明並に書簡(以下これをマ書簡等と略称する)とこれに基礎を置く同年九月二十六日の連合国総司令部経済科学局エーミス労働課長の私鉄経営者協会代表者に対してなしたサゼツシヨンに基いたものであり、且つマ書簡等の趣旨は占領政策を示したものであるが、この占領政策を達成する為の措置として公共的報導機関その他重要産業の経営者に対し、その企業のうちから共産主義者又はその支持者を排除すべきことを要請した指示であり、この指示は当時わが国の国家機関及び国民に対して法規として効力を有していたものである。(最高裁判所大法廷昭和三十五年四月十八日決定)従つて前記マ書簡等に基く本件解雇の効力は右法規範に照らして判断せられるべきである。

そして、被告会社が前記指示にいう重要産業に該当するものであることは企業の公共性に照らして当然であるが、更に本件整理直前私鉄経営者の代表者が前記連合国総司令部経済科学局エーミスに招致され、その排除に関する強い要請を受けた事実、並に被告会社が私鉄経営者協会の有力な会員である事実等に徴し明白であり、原告ら三名が何れも前記指示にいう共産主義者に該当するということは当時既に共産党の党籍を有し、極めて活動的な分子であつたことから疑のないところである。

従つて、原告らは前記指示が排除すべしとした対象の基準に該当していることは明らかであるから、更に右基準を超えて原告らに企業阻害の事実があるかどうかを論ずるまでもなく、この点において、既に原告らに対する解雇は有効であり、被告会社との雇傭関係は消滅しているものといわなければならない。

(三) 仮りに本件解雇が憲法以下の国内諸法令及びこれに基く労働協約等の適用を受けるものであるとしても、尚その解雇は何等これらの諸法令協約等に牴触するものではなく、有効に成立したものであることは原審で主張したとおりであるが、更に次の事実を指摘する。

終戦後日本共産党及びその党員同調者らによつて企画、指導実施されたとされる破壊的活動の実例は全国に枚挙の遑がないが、特に一九五〇年一月コミンフオルムによる野坂批判以来同党の活動は一層非合法の色彩が濃化しゝつあつたことは明らかである。

日本共産党は活動方針として大衆団体たる労働組合等の中に細胞を形成し、細胞員の活動を中心として、職場間の大衆の不平不満を巧みに捉え、あるいは自らこれを醸成挑発してあらゆる機会を利用し対企業斗争の激発を図り一面企業の弱化混乱を通じて既成秩序に打撃を与えると共に、他面職場に常時大衆を斗争に動員することにより新しい党員の獲得に努め、企業内における党組織の確立と大衆革命に対する基礎的訓練を行いつゝあるとされている。特に被告会社のような国民経済や国民生活に重大な関係を有する基幹産業に対しては党の指導が強化されている。

被告会社においては昭和二十三年頃から日本共産党北鉄細胞が組織され、爾来同調者と共に職場の内外に活発な党活動が行われ、特に昭和二十四年一月二十五日より概ね月三回細胞機関紙「レール」を、同紙が昭和二十五年七月二十六日「アカハタ」類似紙として発行禁止された後は「細胞ニユース」をそれぞれ発行し、共産主義理論の啓蒙宣伝に努めると共に被告会社内の出来事を取り上げ、或は事実を歪曲し、ことさら職制をやゆして会社の信用を失墜せしめる記事を多数掲載し、或は人民民主政府の樹立や職場の人民管理を主張し、常に会社と従業員の間を離間したり、職場の不満を醸成して従業員に不安動揺を生ずるように努めていた。従つて、北鉄細胞の右のような行動は正に人員整理要綱の基本方針中に排除の対象として示した基準に該当するものである。

また日本共産党は極めて高度の行動性を党員に義務付け、その義務が強い規律によつて励行されている革命団体である(このことは党の綱領規約上明白である)から、その団体員が当該団体のために行つた行為を企業防衛の観点から評価する場合においては、正に組織そのものゝもつている性格、実態とに関連せしめて問題を集団的に捉え、当該行為者の危険性の程度を判定しなければならない。また前記のような特殊な規律を有する団体にあつては、団体の名において為された行動や団体としての活動については反証のない限り当該組織の所属員は総て右活動に参加したものと推定するのが論理法則上当然である。「レール」は北鉄細胞の機関紙として細胞において決定された基本的な方針に従つてその主張を明らかにし、またその記事の取材を行つているのであるから、仮りに編集自体に直接原告らのうち干与しないものがあつたとしても、右記事の基礎となつた各種党活動の方針決定に当つては細胞会議の参加を通じて当然関与したものと見るべきである。また原告らが前記機関紙の主張している細胞の方針を支持し、右方針に従うような党活動を行つていたことも党の性格や細胞の任務に照らして明らかである。

従つて原告らは原審において主張した解雇基準に該当するものといわなければならないが、更に原告らは個々的に被告の企業の運営を阻害ないしは破壊するような行動に出ていたものであるから、一層強い意味において解雇基準に該当しているものといわねばならない。

そして、この点に関しても既に原審において主張したとおりであるが、さらに、次の事実を指摘する。

(イ)  原告西田常吉について、

原告西田はその勤務していた胡桃町変電所において「レール」が編集され、原告大垣が数回原告西田のところに出入し、「レール」の編集を行つていたほか、原告西田の日本共産党員としての言動は相当積極的であつて変電所在職中も就業時間に亘つて、「レール」「アカハタ」を継続的に反覆して竹内に頒布し或は資本論その他の党関係の図書を愛読し、または同僚に対し党の方針を忠実に宣伝し、入党勧誘を行う等の行為が多かつた。さらに解雇通告を受けるや果然その活動は公然熾烈化し「細胞ニユース」や北鉄細胞ビラを勢力的に頒布し、被告会社の措置を激越な言辞を以つて攻撃論難すると共に、組合員の会社に対する斗争を強力に煽動し、又各種の党活動に狂奔している。

さらに、原告西田の頒布した「レール」第十二号、及び第十四号には、被告会社の経営者について、相当の根拠を示さずこれを非難し、企業の一切を「人民管理」とすべきとしているほか、第八、第九、第十四の各号では必要以上に激越な言辞を以て政府を非難し、これに対する暴力主義的抗争を煽動するおそれがあるような記事が掲載され、また同原告の頒布した「レール」第十号には、「危い!不良ブレーキ」と題し「昭和二十四年三月下旬の或日のこと、市内線下運転士が大学前より三百十三号電車を運転し、尻垂坂に差しかゝつたところ、突然ブレーキがきかなくなつた。遂に電車は猛スピードでカーブを切り(どうにか脱線だけはまぬがれた)、車庫前停留場をバク進したまゝ理髪店前まできて漸く止つた」旨の記事が掲載されているが、右記事は事実無根か、或は極めて誇大に事実を歪曲した不当記事である。そして旅客輸送の任にある会社の業務につき、乗客の安全を著しくおびやかすが如き事項を歪曲して報道するが如きは、私鉄の従業員の行為として断じて看過しえない行為である。

また、同原告の頒布した「レール」第十五号には、被告会社が昭和二十四年八月上旬着工し、同年十二月上旬竣工した金名線電化工事に関し「一日の作業が十一時間半」又は「日当二百円に値上げ」と各題し、北鉄細胞が同年十月二十二日現地調査団を派遣したところ、右工事における十八名の従業員が毎日午前六時半から午後十七時半若しくは同十八時まで十一時間半の長時間、宿舎及び日当、食事代等の点において、劣悪な労働条件の下に、強化された労働を強いられていること、並びに右北鉄細胞の調査団派遣後数日を経た十月二十八日電化工事の日当百円が二百円に値上げされた如き記事が掲載されているが、前記記事中、前同日北鉄細胞調査団が現地に派遣された点を除き、その余の点は総じて事実と相違し、従業員の日当も当初より百円であつて途中二百円に値上げされたことはなく、極めて不当な記事であること並びに右北鉄細胞調査団とは原告西田と原告東の両名である。さらに、右第十五号には「冬越しにと局課長に五十万円」と題し、「会社では昭和二十四年暮に、局課長に対し、冬越しにと五十万円出したといわれるこれは一人当り一万円から二万円ぐらいになるから大したものである。冬を目前にひかえ職場では越冬資金をとれとの要望が強いが、会社も簡単には出すまいとの見方もあるが、今のまゝではとてもやりきれないから、名目はなんでも少くとも月給の一ケ月分はほしいとみんなさゝやいている云々」との記事が掲載されているが、右記事もまた真実に反する一片の噂話を真実の如く報道し、会社経営者と従業員とを離間すること等を意図する不当記事であるといわねばならない。

そして、以上のような記事のある北鉄細胞機関紙を会社従業員に頒布する行為もまた決してこれを過少評価することはできない。

既に「アカハタ」及びその後継紙並びに同類紙の発行を無期限に停止する措置をとられた当時の情勢と原告らの発行配布した「レール」がそのいわゆる同類紙に該当していること、さらに日本共産党の一般的活動状況等を勘案するときは、前記機関紙頒布行為自体が党及び細胞員の会社企業の阻害行為といわなければならない。

以上により原告西田が本件の「人員整理実施要綱」にいう排除の対象者に該当するものであることが明らかである。

(ロ)  原告東義雄について、

同原告はいわゆる夜食手当の要求に関し、それは職場斗争の一種で通常の組合活動であり、被告会社の業務阻害行為に属しないと主張しているが、この種手当が労働協約(乙第二十五号証)第二章、第二十一条に規定する基準外労働賃金に属すべき手当に該当するものであることは明白である。もとより右夜食手当は当面具体的には浅野川線の従業員に関するものではあるが、その処理の結果如何は他の職場従業員にも影響することがらであるので、該夜食手当を支給すべきや否やは、当然同条の規定に則り北鉄労働組合執行部より会社側に交渉すべきものである。従つて、原告東、及び訴外井上昇等がリーダーとなつて行つた本件夜食手当の要求は職場斗争に藉口したいわゆる北鉄細胞のフラクシヨン活動であり、被告会社の業務阻害行為に該当する。なお、本件夜食手当の要求の発生当時の職場運動を強化する運動方針は組合運動を従来の幹部斗争から大衆斗争に転化すべきであるという単なる理念の現われにとゞまり、未だ具体的な職場斗争の方法は決定されていなかつたばかりか、当時の執行部はこの種の活動はむしろ統一を乱すものではないかと考え、一切の要求の消化は執行部が出す指令をまつてなすべきものであると考えていたとされている。また前掲「レール」第十五号における金名線電化工事に関する不当記事の取材活動及びこれが「レール」への掲載にも関係していること並びに北鉄細胞の一員として同細胞会議に出席し、同細胞の活動やその機関紙の編集等につき原告大垣、同西田らと協議決定する諸般の活動をなしていたものである。

従つて、原告東もまた本件の「人員整理実施要綱」にいう排除の対象者に該当するものであることは明白である。

(ハ)  原告大垣倬一について、

同原告は前掲「レール」第十号、第十五号における不当記事につき編集発行人としてその責を負うべきものであることは勿論であり、原審において主張したように金沢市内線浅野川大橋、春日町停留場の新設又は復活に当り、さしたる理由もないのに、ことさらに、労働強化に藉口して反対し、その実施を徒らに遅延せしめ、また完全検車斗争に主導的立場で参加していたものである。

従つて、原告大垣もまた「人員整理実施要綱」にいう排除の対象者に該当するものであることはいうまでもないことである。

(四) 以上の次第であるから、原判決中、原告西田についてその解雇を無効とした部分は当然取消されるべきであり、また原告東、同大垣の両名について、その解雇を有効とした部分はもとより維持されるべきものである。

と述べた。(立証省略)

理由

被告会社が地方鉄道事業、軌道事業及び旅客自動車運輸業を営む株式会社であること、原告ら三名がいずれも昭和二十二年二月以前から被告会社に期間の定めなく雇傭され、爾来昭和二十五年十二月二日迄その従業員として勤務し、また北鉄労組(北陸鉄道労働組合の略称以下同じ)の組合員であつたこと、原告ら三名がいずれも被告会社から昭和二十五年十二月二日附で解雇の意思表示を受けたこと、及び原告ら三名が当時いずれも日本共産党(北鉄細胞)員であつたことは当事者間に争がない。

被告会社は右解雇は連合国最高司令官の声明並びに書簡等に基いて、企業防衛の見地から共産党員である原告等に対し実施されたものであるから有効であると主張し、原告らはこれを争うので以下これについて判断する。

成立に争のない乙第七、第八号証、当審証人別所安次郎の証言によりその成立を認めうる乙第二号証に右証人別所安次郎、原審証人内山光雄、同北敏、同見本博儀、同竹下佐一郎(後記措信しない部分を除く)を綜合すると、被告会社は昭和二十五年五月三日以降屡々発せられた原判決書添付の別紙目録(二)ないし(六)掲記の連合国最高司令官の声明並びに書簡及び同年九月二十六日連合国総司令部経済科学局エーミス労働課長の私鉄経営者協会に対してなされた示唆等の趣旨に従い、昭和二十五年十月中旬頃公共性を有する被告会社の企業内より破壊的言動をなし、或は他の従業員を煽動し若くは徒に事端を繁くする等法の権威を軽視し、業務秩序を紊り業務の円滑な運営を阻害する者及びその同調者を排除することを決し、右の如き者を解雇の基準とし、積極的な細胞活動をする共産党員及びその同調者がこれに当るものとして、原告らをこれに該当せしめ、前記のように解雇の意思表示をなしたことが認められる。

原審証人竹下佐一郎の証言中右認定に副わない部分はこれを信用しない。ほかに右認定を動かすだけの証拠がない。

そして、成立に争のない乙第三号証の二ないし四、同第四ないし第六号証、同第十六、第十七号証に原審証人北敏、同見本博儀、同渋谷外茂二、同竹下佐一郎、同原俊道(後記措信しない部分を除く)、当審証人小林清、同越能知栄、同堀口良夫、新保由雄、同飯田友雄、同杉山正治の各証言を綜合すると、

(一)  原告大垣倬一は

(1)  昭和二十四年一月十四日日本共産党金沢地区委員会構成員、同年十月八日同委員会小立野細胞責任者、同月十日同委員会北鉄細胞構成員としてそれぞれ、団体等規正令による届出をした共産党員で、北鉄労働組合事務所内に開催された細胞会議または細胞研究会に出席してこれに参加し、北鉄細胞機関紙「レール」第一号(昭和二十四年一月二十日附発行)ないし第十七号(同年十二月三十日附発行)第十八号の各編集発行人として、これに共産主義を鼓吹する反面、さしたる根拠なくして、政府を非難しこれに対する暴力主義的抗争を煽動するおそれのある記事あるいは、被告会社の経営方針を非難、中傷し、職場内の不平不満を醸成挑発し、経営者と一般従業員とをことさら離間せしめるおそれのある不穏当な記事等を各所に掲載し、さらにそれと類似の記載ある右「レール」の後継紙である「細胞ニユース」及び日本共産党北鉄細胞作成名義の「調停案の本質を見極め目的完遂のため闘いましよう」と題して、さしたる根拠なくして地労委(地方労働委員会)は支配階級の出先機関にすぎないとし、これに期待することなく、闘争を強行し、他の勤労者農民の広汎な大衆団体との共同闘争を展開すべきである旨組合(北鉄労働組合、以下同じ)員を煽動し、組合員間に不安と動揺を醸成し、被告会社と組合とを離間せしめるおそれのあるような記事を掲載した紙片を頒布し(右「レール」「細胞ニユース」「調停案の本質を見極め目的完遂のために闘いましよう」と題する紙片を頒布したことは当事者間に争がない)、その記載内容の宣伝、助長に努めていたこと、

因に右「レール」の記事中特記すべきものを挙げると次のとおりである。

(イ)  「レール」第八号(昭和二十四年四月五日附発行)には、「暴圧けつて進む五万大デモ!!吉田内閣打倒大阪人民大会」、第九号(同年同月十五日附発行)には、「吉田首相の横顔、戦争は人類の敵、青ざめる吉田首相」、「既報暴圧事件、政治問題に発展、院内外の民主団体起して積極斗争を展開」、第十一号(同年五月二十五日附発行)には、「革命」、「民族」、第十四号(同年六月二十五日附発行)には、「暴政、広島大弾圧事件、重軽傷者三百卅名出す」、「抗議の人民大会で遺骸をうばい返す、京都市警重なる暴圧」などの各見出しで、必要以上に激越な文言を以て政府を非難攻撃する反面、暴力主義的抗争を煽動するおそれのある記事を掲載していること、

(ロ)  同第十号(同年五月五日附発行)には、「危い!不良ブレーキ」の見出しで、事実無根ないしは誇大に事実を歪曲し、「北鉄の電車は危くて乗つとれん」との風刺まで挿入して、乗客の安全を著しくおびやかすような記事を掲載していること、

(ハ)  同第十二号(同年六月五日附発行)には、「会社無能をバクロ、机上プランで電車は動かぬ!」「職場の自主的管理え」の各見出しで、被告会社の経営等について相当の根拠を示さず、これを非難攻撃し、企業の一切を人民管理とすべきであると強調した記事を掲載していること、

(ニ)  同第十二号には、さらに「自動車工場に危機、井村の独裁つのる」の見出しで、被告会社の正当な経営権の行使の範疇に属するとみられる事実を、ことさら不穏当な文言を以て井村社長の独裁であるとしている記事を掲載していること、

(ホ)  前記第十四号には、「北鉄を守るために」の見出しで、何等の理由も示さず「北鉄の県営人民管理=北鉄細胞=産業防衛綱領」よりとの記事を掲載していること、

(ヘ)  同第十五号(同年十一月五日附発行)には、被告会社が同年八月上旬着工し同年十二月上旬竣工し、た金名線電化工事に関し、「一日の作業が十一時間半」及び「日当二百円に値上げ」の各見出しで事実を歪曲し、右工事に従業員にはさしたる劣悪な労働条件でないのにかゝわらず、経営者が従業員に対し劣悪な労働条件を以て労働強化を行つている旨非難中傷し、北鉄細胞の調査派遣により経営者が問題の拡大をおそれて日当百円を二百円に値上げした、と、事実無根のことを挙げて経営者と従業員とを離間せしめるおそれあるような記事を掲載していること、

(ト)  同第十五号には、さらに「冬越しにと局課長に五十万円」の見出しで、被告会社が局課長のみに一人当り金一万円ないし金二万円合計金五十万円を支給したという噂話を恰かも真実のように誇大に報道し、一般従業員の不平不満を醸成挑発し、経営者と一般従業員とを離間せしめるおそれのあるような記事を掲載していること、

(2)  昭和二十五年夏頃被告会社取締役の決定に基く金沢市内線浅野川大橋停留場の復活と春日町停留場の新設及び乗車券車内売の実施につき、いずれも乗務員の労働強化(かゝる理由だけでは正当な反対理由とは認めがたい)であるというほか、さしたる理由も主張せず主導的立場に立つて反対し、その実施をいたずらに遅延せしめたこと、

(3)  昭和二十五年六、七月頃朝約二時間に亘つて、組合の正当な機関を通ずることなく、勝手にいわゆる「完全検車」(専門の検車係が運転差支えなしとした検車済の車輛について、乗務員が、さらに欠陥ありとして、乗車を拒否すること)を主張して電車の運行を阻害したこと、

(4)  昭和二十五年八月頃金沢市警察署よりの注意に基き被告会社が電車の扉を閉めて運転するようにとの注意に、相当の理由もなく主導的立場に立つて反対したこと、

(二)  原告東義雄は

(1)  昭和二十四年十月十日日本共産党金沢地区委員会北鉄細胞構成員、昭和二十五年二月二十三日同委員会北鉄細胞主幹者新任、同年五月十六日日本共産党金沢地区委員新任として、それぞれ団体等規正令による届出による届出をした共産党員で、北鉄労働組合事務所内に開催された細胞会議または細胞研究会に出席して、これに参加し、前掲「レール」「細胞ニユース」及び「調停案の本質を見極め目的完遂のため闘いましよう」なる紙片を頒布し(この頒布の点は当事者に争がない)、その記載内容の宣伝、助長に努めていたほか、前掲(一)(1)(ニ)の「レール」第十二号の「自動車工場に危機、井村の独裁つのる」の見出しによる不穏当な記事を執筆し、また前掲(一)(1)(ヘ)の「レール」第十五号の金名線電化工事に関する「一日の作業が十一時間半」なる見出しによる不穏当な記事の取材活動を為し、これが「レール」への掲載に関与していること

(2)  被告会社の昭和二十五年度夏期増送終夜運転(七月下旬丑の日の年中行事)の実施につき、組合の正当な機関を通じてなすなどの適式な方法によらず、夜食手当一人当り三百円の支給を要求し、然らざれば終夜運転を拒否すると主張し、勝手にその旨の要求書を金沢支社営業部長宛に提出して、その支給を迫り、これがため、被告会社が業務命令を出さざるを得なかつたこと、

(三)  原告西田常吉は

昭和二十五年二月二十三日日本共産党金沢地区委員会北鉄細胞構成員として、団体等規正令による届出をした共産党員であるが、北鉄労働組合事務所において開催された細胞会議または細胞研究会に出席してこれに参加し、前掲「レール」「細胞ニユース」及び「調停案の本質を見極め目的完遂のため闘いましよう」なる紙片を頒布し(この頒布の点は当事者間に争がない)、ことに、前掲のような不穏当な記事掲載の「レール」等を継続的に被告会社内へ就業時間内に持ち込み、同僚らに頒布し、その記事内容の宣伝、助長に努めていたほか、前掲(一)(1)(ヘ)の「レール」第十五号の金名線電化工事に関する「一日の作業が十一時間半」なる見出しによる不穏当な記事の取材活動を為し、これが「レール」への掲載に関与していること、

がそれぞれ認められる。

成立に争のない甲第二号証の一、二、同第九号証の一、二、当審証人原俊道の証言によりその成立を認めうる甲第五号証の一、二、の各記載、原審並びに当審証人原俊道、原審証人宮岸庄太郎、同松田啓作、当審証人北村行多、同上端豊治、同井上昇、同平野留次、同河岸市三郎、同大森覚、同平田宏、同今井助夫の各証言、原審並びに当審での原告東義雄、原審での原告大垣倬一の各本人尋問の結果中右認定に牴触する部分は前掲各証拠に照らして容易に信用することができず、成立に争のない甲第三号証、同第四号証の一、二、同第十四号証、当審証人原俊道の証言によりその成立を認めうる甲第六ないし第八号証の各一、二、同第十五号証の一ないし四、同第十六号証の一、二の各記載の存在も、未だ前記認定の妨げとはならない。ほかに前記認定を動かすに足る証拠がない。

右のような認定事実に徴し、原告ら三名はいずれも、積極的な細胞活動をしている共産党員であるとともに、被告会社の従業員を煽動し、若しくは徒に事端を繁くする等法の権威を軽視し業務秩序を紊り業務の円滑な運営を阻害する者ないしはその同調者ということができるので前記被告会社の解雇基準に該当するものであるといわなければならない。

ところで、原判決書添付の別紙目録(二)ないし(六)掲記の連合国最高司令官の声明及び内閣総理大臣宛の各書簡並びに昭和二十五年九月二十六日連合国総司令部経済科学局エーミス労働課長の私鉄経営者協会に対してなされた示唆等の趣旨は、当時の連合国最高司令官において国際的及び国内的情勢のもとにおける占領政策を示し、この占領政策を達成するために必要な措置として公共的報道機関その他本件被告会社のような重要産業(被告会社の事業が重要産業に該ることは前掲乙第二号証、当審証人別所安次郎の証言及び本件口頭弁論にあらわれた弁論の全趣旨を綜合して認める)の経営者に対し、その企業のうちから共産主義者またはその支持者を排除すべきことを要請した指示であると解すべきである。そして、右連合国最高司令官の指示は、当時わが国の国家機関及び国民に対して、法規としての効力を有し、最終的権威をもつていたものであるから、日本の法令は右指示に牴触する限りにおいてはその適用を排除されていたことはいうまでもないことである。(最高裁判所昭和二七年四月二日大法廷決定)、従つて、被告会社が連合国最高司令官の指示に従つて、原告らに対してなした本件解雇は法律上の効力を有するものと認めなければならず、その後右指示が平和条約の発効とともに効力を失つたとしても、何ら影響を被るものではない。(最高裁判所昭和三十五年四月十八日大法廷決定)、これとその見解を異にする原告らの主張はいずれもこれを採用することができない。

してみると、被告会社が原告らに対して為した解雇の意思表示の無効であることの確認を求める原告らの請求が理由のないものであることは勿論、その無効なることを前提として原告らの右解雇後である昭和二十六年一月分以降の賃金の請求も爾余の点に対する判断を為すまでもなく、失当であることは明らかであるから、原告らの本訴請求はいずれも棄却を免れない。(但し、原告西田常吉の後記請求の趣旨拡張の申立部分を除く)

以上の次第であるから、右と相異し、原告西田常吉の本訴請求中同原告に対する解雇の意思表示を無効であるとし、その請求の一部を認容した原判決はその認容の部分については失当として取消さるべきであり、その点において被告の本件控訴は理由があるものというべきも、原告大垣倬一、同東義雄の各本訴請求をいずれも認容しなかつた原判決は、その理由において当裁判所の上記判断と相異する点があるけれども、結局正当に帰するから、同原告らの本件各控訴は理由がないものとして棄却を免れない。

次に、原告西田常吉の請求の趣旨拡張の申立について判断する。原判決が原告西田の賃金請求を金三十九万千百七十円の限度において認容したものであり、原告西田が当審第十五回口頭弁論期日において請求の趣旨拡張の申立を為し、これにより、原判決の右認容の金額を金七十六万二千四百五十円に被告の不利益に変更することを求めんとしていることは、本件記録に徴し明らかである。ところで、原告西田が原判決を被告の不利益に変更することを求めるには、右認容金額を超える部分については控訴、(本件では既に控訴期間を経過している)又は附帯控訴の方法を以て、原判決について不服を申立てるべきであつて、この方法によらないで単に請求の趣旨拡張の申立によつて、原判決を被告の不利益に変更を求めることはできないものと解するを相当とする。従つて、原告西田の右請求の趣旨拡張の申立(右金七十六万二千四百五十円中原判決認容の金三十九万千百七十円を超える部分が請求の拡張部分に該る)は不適法として却下されなければならない。

よつて、民事訴訟法第三百八十六条、第三百八十四条、第九十六条、第九十五条、第八十九条、第九十三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小山市次 広瀬友信 高沢新七)

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